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すれ違う女の、服を見るのが楽しくなった、服を作るようになって。。今まで、建築を調べて、建物を見るのが楽しくなり、写真で、風景や物を見るのが楽しくなり、植物の栽培で、木や雑草を見るのが楽しくなった。どこでも、歩くだけで、楽しい物がたくさんあって得だ。歳をとり、いろいろを知って、楽しいことが増えていく。。自分自身の服には、ほとんど興味がない。金が掛かるし。美しい人間は、簡単な物を着ても美しいと思ってて。簡単に、無いことに近い物、キュウリに塩というか、そういうことで、服を凝るよりは自分を美しくした方がいいし、そこまで美しくなくても、そこが限界で、それをそのまま表すことが正しいと思ってる。それしかない、それが楽なのではないか。。人形は、ドールは小さくて、自分の部屋の中では異質で、インテリア、生気がある、基本的に不要な物、ワンポイント、挿し色として、いろいろ無理をしても許されるような立場にある、彩り、装飾。実用でない、不真面目、おもしろいことをしてもいい部分、そういう役割がある。。自分はコピーが好きで、意味のない原稿をコピー機でコピーし出力を見るだけで高揚を感じる。紙が熱い、できたて、二つに増えた。服作りはコピーの興奮がある。見た物を、真似して作れる。真似は、自己がいらない、ほとんど。ある物を、別の場所へ移していく、作業。そこがいい。人形の服は小さい、縮尺が現実違う、圧縮されてる、そこもいい。スペースを食わない。大きい物は偉そうだ、疲れるし、そんなに食えない。『ミニチュア、境界線、贋物、蒐集』柔らかな素材で、立体を造形するのもおもしろい、布。粘土や木とは少し違って。面のパーツを組み合わせて、いろいろな形に、物体を包んでいく。接合部の線を曲げると、面が歪み、空間が増えたり減ったりする。包み方によって、物体の雰囲気が変わる、物体から受ける印象が変わる。。服で、与える印象を変えることができる、でも、自分の印象は変えなくていい。。今日、他のメーカーのドールを見に行った、初めて見た。価格は、自分のより、少し安いのか。細部のクオリティが低くて驚いた、あんなに違うのか。質感がポコポコしてて、継ぎ目もポコポコして、ウィッグの地もチラ見栄で、しかも盛ってる。見たときに、ギョッとするような気持ち悪さがない、人形だなと思った(たぶん贔屓目でなく)。。今、脇には、机の端にドールが腰掛けているが、ひょと見ると、小さい人間がいる、ような驚きが、気持ち悪さにも近い違和感がよくある、一ヶ月経った現在でも。